2007年9月25日撮影。(下に写真150枚)
ナッチャンReraは東日本フェリー(現在津軽海峡フェリー)で導入された当時の最新船で、カタマラン(双胴艇)を大きくしたものだ。千葉港には20m規模のカタマランの消防艇がいるなど、私は船環境リッチなところで育ったが、カタマラン自体本当に珍しいし、100mを超える総トン数1万トン級のカタマランで車両甲板付きなんて、全く想像できなかったが、実際に就航した。
行きは2:00頃出航の在来船で行った。客室に椅子も何もなく、本当にちっぽけな黒い10畳ほどの畳2室にみんな雑魚寝していた。僕以外トラックの運転手しか載っていなかった。
帰りは12:30くらいでなっちゃんReraがあったので、在来型1本を置いてなっちゃんReraのチケットを取った。
みんな車に乗って船が来たらすぐ乗船できるように待機していたが、船がいっこうに接岸できないのでみんな車を降りてきて、「大丈夫かいあの船。」「出航できるかね。」と言いながら見ていた。
当時は15-20mくらいの強風が吹いており、なっちゃんReraはもろに横風をあおり自力で全く接岸できなくて、タグボートが来た。(うわータグ出てきたよ、と思うのはもはや海事に詳しい人だけだろう)
船から岸へ、岸から船へ、パカーン!と対物ライフルを撃っていると思ったら係船索(大きい係船ロープを運ぶための細い誘導紐)の錘をライフルグレネードのようにして打っていた。20本以上撃たれ、10本くらい、係船索が本線を牽引中に、「パーン!」と切れた。船が港内に入ってから着岸乗船まで2時間半くらいかかったと思う。
乗務員が外国籍だ、お金ないのかな、と思ったら、これたぶんオーストラリアンで船の設計者と技術者、船長クラスの人だ。国内の人だと操船できないし運航ノウハウが無いのだ。カタマランでジェットフォイルは確かに変な船だし。
この時化では荒れるな。と思ったら、出航して速度が出てしまえばすごく安定していた。さすがカタマラン。
結局、ナッチャンRera、ナッチャンWorld2隻を建造しておきながら東日本フェリーは会社更生法適用、Reraは台湾へ売却後まともに使用されておらず、Worldは防衛省借り上げ。1隻100億円の建造費だが特殊船で運航費が普通ではないし乗組員も海外からまるまるセットでノウハウごと提供を受けていないと維持できないのでは、普通に船が動かせないという事態も仕方ないと思う。
新造船で、新方式大量搭載経費削減、とやって失敗した、失敗事例として良い例。
空でもBoeing747やAirbus350、380のような大型化アプローチは失敗している。
まあ、結果として下記のような写真を個人でまるまる所蔵しているが、ただ持っていて自分のお蔵入りした記念品みたいになっていることに意味はないので公開する。
GooglePhotoで発掘したため当時のタイムスタンプとEXIF情報は消えている。写真については間違いなく私が撮影したもので、ここに公開しているから自由に引用、利用してい良いが有料配布のための盗作と2次加工を禁止する。何らかの理由でどうしても原本が欲しい方はFacebookにてご連絡されたい。
(以下写真150枚)
(以上)